2016年06月04日 (土)右手は熊本、左手は大分


瀬田宙大です。
皆さんはことしの大型連休どのように過ごしましたか?
私は大分県の湯布院で過ごしました。
きっかけは地震の後、
最初に取材でお邪魔した益城町での出会いでした。

益城町では避難所に設けられた救護所など
医療の現場を取材させてもらいました。
そのとき大分県から派遣された
モバイルファーマシー=キャンピングカーを改良した動く薬局と
大分県薬剤師会の方々と出会いました。

2016060401.jpg

当時は地元の医師・薬剤師らと協力して
医療体制を急ピッチで整えていました。
あれからおよそ1ヶ月、
益城町の医療を地域に戻すべく救護所は閉鎖。
先月29日、モバイルファーマシーも
益城町を離れることになったと先日連絡をもらいました。

益城町での取材中、
大分から派遣された薬剤師の女性が
「大分も気になる」と仰っていたのが
ずっと引っかかっていました。
私自身、地震の直前、
温泉地を紹介する企画のロケで大分県にお邪魔していたので
お会いした皆さんは大丈夫だろうかという思いもありました。

お薬手帳の重要性を中心にお伝えした4月20日の放送後
すぐ大分県に入りました。

25日の放送でもお伝えしたとおり
湯布院の温泉街はほかの地域と比べ
被害は限定的で再開しているお店が多かったものの、
およそ3キロ山側に入ると状況は大きく違い、
家の片付けばかりで気持ちが持たないからと
田畑を耕している男性や
70年に渡り大切にしてきた家を壊すことを
決めた女性らと出会いました。
家の外構や塀が地震で倒れ、
道路にはみ出してしまい危ないのでと、
ハンマーで砕いているご家族もいらっしゃいました。
お話を伺ったあと少しですがお手伝いさせてもらいました。
ブロック塀を叩き割りながら、
大切な家を自らの手で壊さなければならない気持ちにふれ
言葉もありませんでした。

その後、再び大分県に入ったのは28日。
温泉観光地・湯布院が
どのように連休を迎えるのかお話を伺うためでした。
「右手は熊本、左手は大分」「九州はひとつだ」
という言葉にすべて集約されていますが、
その基礎は湯布院を協力して作り上げてきたんだという自信と
仲間意識にあると感じました。

2016060402.jpg

連休初日、温泉街の中心で
取材を続けていたところ震度5強の揺れが。
訪れていた多くの観光客は
道の真ん中に集まり身を寄せ合っていましたが、
その人たちを守るようにすぐに「大丈夫ですか」と
声をかける地元の皆さんに少しの安心をもらいました。
一日でも早く、地震前の活気が戻ることを願います。

先月末は大分県別府市にお邪魔しました。
別府市の中心部は一見地震の被害を感じませんが、
山側の地域を中心に
大きく崩れた箇所やブルーシートを目にしました。
その場所は通学路にもなっていて
子供たちが行き来していました。
日常と非日常が重なる登下校は複雑な気持ちになります。
それは子供たちも同じようです。

地震から二ヶ月となる
6月13日(月)の「あさイチ」では
子供たちのいまを見つめ、何が出来るのかお伝えします。


最後にこちら。

2016060403.jpg

先日番組でお伝えした熊本県西原村特産のシルクスイート、
きめ細かな口当たりと甘さが魅力の「から芋」です。
西原村にある「農業復興ボランティアセンター」では
いまもボランティアを募集しています。
番組でもお伝えした活気にあふれる”明るい避難所”の
運営の応援も含めよろしくお願いします。


九州は私にとって心のふるさとです。
社会人として、放送人として、
アナウンサーとしての礎はすべて九州にあります。
何度も被災した地域と東京を行き来するなか
刻一刻と変化する状況に、
私自身も頭がついていかない日もありました。
少しでも前を向ける人が
増えることをただただ祈るばかりです。
そして自分に何が出来るのか
日々考えて放送と向き合いたいと思います。

投稿者:瀬田宙大 | 投稿時間:10:00


ページの一番上へ▲

カテゴリー

新着記事

バックナンバー

RSS