発達障害プロジェクト

当事者のリアル告白
みんな発達障害を誤解してます!

3人の子どもの母親、古山真紀子さん。
子ども3人のうち2人が発達障害で、ASD(自閉スペクトラム症)・ADHD(注意欠如・多動症)・LD(学習障害)の特性をあわせもっています。
母親として、診断前の気づき、そして診断、診断後からはじまった試行錯誤の日々。
周囲との関係や、自分や家族がどう障害を受容したか、また、将来について語ってくれました。

同じく発達障害のある子を持つ保護者に向け、古山さんはこう言います。

かつては、誰にも相談できず、光の見えないトンネルの中にいたこともあります。
でも少し勇気を出して周囲を見てください。必ず味方がいるはずです。

①他の子と違う?
比較する度に落ち込んだ診断前

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  • 他の子と違う?比較する度に落ち込んだ診断前

    4歳のときに発達障害と診断された長女(小6)。
    母親の真紀子さんが、最初に娘の育てにくさを感じたのは、生まれてすぐのころでした。

    「本当に育てにくかったんです。そのときは、他の子と比べたことがなかったので、赤ちゃんってこんなものだろうと思ってたんですけど、今にして思えば、あの頃から違ったんだなっていうのはあります」

    真紀子さんにとっては初めての子育てだったため、何もかもが初めての経験。
    当初は特に大きな疑問を感じなかったそうです。

    「赤ちゃんって大変だな、お母さんって大変だなって思ってました。寝ない子だなとは思っていましたけど、まぁ個性の1つというか…。感情の起伏が激しい子で、すごい偏食もありましたし、子育てってこんなものかな、と思いながら毎日過ごしていて。でも、娘が3歳ぐらいになった時に、かんしゃくもすごい激しいし、みんなと同じような感じで遊べていない。同じところにいられなくて、走って出てばっかりだし、なんか、なんか違うなとは思っていたんですけど、私の育て方が悪いのかな?というふうにちょっと(気持ちが)落ちていってて…」

    このころから、同年代の子どもと比べる度に落ち込む日々が続いたといいます。

    「“お母さんの言うことを聞いて、手をつないで行動できる子”とか、“約束が守れている子”とか、なんかそういうちょっとしたことですよね。そもそも3歳、4歳の子ってそんな聞き分けがいいものなんだ…とか、そんなちゃんと日本語通じるものなんだ…みたいな。じゃあ、どうして私と娘は通じないの?みたいな。そういうところは比べてましたね。しんどかったですね…」

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②他の子と違う?
ママ友や夫に分かってもらえない

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  • 他の子と違う?ママ友や夫にわかってもらえない

    「娘の様子が、同年代の子どもたちと少し違う…」
    娘が3歳の頃、母親の真紀子さんは抱えきれない不安な思いをママ友に相談してみました。

    「こんなことで困ってる、という話をしても伝わらないんです。箇条書きにしてみたら、大したことないので。寝ないんだよね、ワガママなんだよね、言うこと聞かないんだよね、食べないんだよね、という話をしても、みんなそうだよーみたいなことを言われたりとか。それが逆に追い詰められたんですけど…」

    「みんなもそうなのかな、じゃあうちの子が大変なわけじゃないのかな、って。イライラしている私がおかしいのかなって感じになるんですよね」

    Q「ママ友は励まそうとしてくれていたんですかね?」

    「そうですね。本当に、善意の励ましだったんです。悪気がなく良かれと思って、全然大丈夫だよー!と言ってくれたんですけど、私の中で全然大丈夫じゃなかったので、その“ずれ”がしんどかったんですね」

    Q「“ずれ”とは何ですか?」

    「そうですね。誰にも伝わらないと思って。このしんどさを共有してくれる人とか、もちろん表面上はうちもそうだよ、子どもはみんなそうだよ、とか言ってくれるんですけど、私が思ってる“そう”と、みんなの“そう”が違うというか、なんか温度が違うと思って。なんか違う。この人たちじゃ解決されなかったと思うと、また違うお母さんたちに相談したりとかして。それをぐるぐる繰り返していて、ダメだ、ここでもない、あそこでもない、ここでもない…みたいなことをしていましたね」

    Q「夫には伝えたんですか?」

    「夫はなんかちょっとこう伝えてはいたんですけど、娘の様子が私の前と夫の前とでは違ったんですよ、全然。それが夫は見てないですから、自分の前の娘しか知らないですから。なので、全然共有はできなかったですね、何も…」

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③診断を受けて思ったこと

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  • 診断を受けて思ったこと

    他の子どもと違う娘…「私のせい?」
    母親の真紀子さんは、次第に自分を責めるようになっていきました。

    「私の接し方が、もしかしたらこの子の、ワガママになりすぎるところにつながっているんじゃないかとか、娘が言うことを聞かないところも、私がもっと強くピシャっと言えるような育て方をしてたりとか、私の接し方がもっとちゃんとしているんだったら、ちゃんとした態度が取れるようになるのかなって思うと、なんか、どんどん追い込まれていきましたね…」

    娘が4歳のとき、真紀子さんは意を決し、娘を病院へ連れて行くことにしました。

    「その時は本当に「発達障害」というのが頭にあったわけじゃなかったんですけど、何か分かるのかもしれないって検索をして、病院を探して、救いを求める感じで…私のせいじゃないといいな、何なんだろうこの育てにくさ、っていう原因が分かって楽になれたらいいなっていう感じで受診をしました」

    病院で告げられた診断名は、「広汎性発達障害」でした。

    「あー、障害なんだっていうショックはもちろんありましたけど、それを何十倍も上回るくらいほっとしたんですよ。良かったっていう言葉が適しているのか分からないですけど、本当にほっとしたんですね。ずっと自分を責めたりとか、この子もおかしいんじゃないかとも思ったりもしましたし、でも、どうやらどっちも違うみたい。娘がすごくおかしいわけでもない。私の育て方がすごくおかしいわけでもなく、とりあえず理由もあるし、手だてもあるらしい、っていうことだけが分かったら、私のせいじゃなかった、みたいな。ほっとしたのを覚えてますね。ちょっと霧も晴れた気分でしたね」

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④障害者にしたのは私?
障害を受け入れるまで

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  • 障害者にしたのは私?障害を受け入れるまで

    発達障害と診断された娘に対し、
    しばらくすると、真紀子さんの心の中で新たな葛藤がうまれました。
    「娘を病院に連れて行って本当に良かったのか?」

    「主人の合意はなかったんです。私が最初、病院に初診に行く、検査を受ける、療育を受けさせることにする、全部、私がひとりで決めて連れて行って、もちろん決定打は主治医とでやり取りはしたんですけど、結局私の強い希望でという感じだったので。もしかしたら、障害者の“レッテル”を貼ったのは私なのかなと思って…私が行動を起こさなければ、“普通の子”として生きていく道だってあったのかもしれないっていうのは、2年間ぐらいはずっと揺れていました」

    「最初に受診した病院では、自分が娘について説明した内容が、医師の判断を左右したのでは?診断は私のせいかも…」と悩んだ真紀子さん。
    そして、最初の診断から2年…娘を連れてあらためて詳しい検査を受けに行きました。

    「やっと細かい凸凹の数値が出るような検査なんですけど、それで娘も発達の凸凹がすごくあるっていう結果が出たんです。検査上、数字で発達障害ですっていうのが言えますみたいな感じで。そうなんだなーって、やっと納得させられることができました」

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⑤周囲に理解してもらえなかった

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  • 周囲に理解してもらえなかった

    真紀子さんは、娘の発達障害について周囲の人に伝えることを決心しました。

    「とりあえずよく会う人、私のことも娘のことも知ってくれている人に、ちょっと言ってみようかなって。なんか診断がついたんだよって言ったら、『あ、そうなんだー。じゃあこういうのはどうしたらいいのかな?』とか、解決の糸口になると信じて、実は、って言ってみたんですけど…」

    しかし、周りの反応は、真紀子さんが思っていたようなものではありませんでした。

    「『あー、そうなんだ、大変だね』とか『発達障害って何?教えて?』みたいな反応ではなく、『そんなことないよ!大丈夫だよ!あんなこともこんなこともできるいい子だよ』って感じで、たくさん励ましてもらいました。ありがとうとはもちろん思いましたけど、そこから一歩前に行けないというか、そうなんだ、じゃあどうしたらいいかな?どうしてあげたらいいの?とか、こういうのはそうなの?みたいな話になる前に、『違うよ違うよ違うよー』って言われて、あれ?みたいな」

    娘の発達障害について、周囲の人になかなか理解してもらえず、次第に外出することも減っていったといいます。

    「そこから本当に、何かこう、こっちから距離を…。別に相手のママさんとかお子さんとかに何かあるわけではなく、会いたくないってなったわけでもなく、ただ、娘を連れて共に出るということがもうしんどくなって。本当は理解してほしかったんですけど、全てがうまく私の思うような反応が返ってこなくて、こけてこけてこけてっていう時が一番しんどかったですね。周りへのカミングアウトが…」

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⑥ママだって完璧じゃない
試行錯誤する毎日

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  • ママだって完璧じゃない 試行錯誤する毎日

    娘が発達障害と診断されてまもなく、長男も2歳のときに発達障害と診断。 真紀子さんは、今も「障害の特性」と「わがまま」の違いがわからず、悩みは尽きないといいます。

    「本当にどこまでが特性で、どこまでが付き合っていかなければいけないのか、どこまでがただの子どもらしい甘えやワガママなのか、もしくはずる賢さも出てきているのか、わからないですね全然。こっちがどれだけ同じことをしても、その時々で全然違う反応をされるので。今は発達障害と検索したら、わーって出てきて、ひとつひとつは間違っている情報じゃないと思うんですけど、悩んでいる時って分からないんですよね、チョイスの仕方が。自分の子どもに何の話があてはまるかっていうのはわからないので。毎日狭間で本当はどうするのが良かったんだろうかっていう。よし!これで完璧!これでいこう!っていうのがまだ見出せていない感じがしますね。いろいろやってはみているんですけど…」

    試行錯誤していくなかで、子どもたちとの接し方も少しずつ変わっていきました。

    「こういう特性を持っている子だからこうしないといけない、こうするべきっていうのに結構縛られていたんですよ。でも、そうはいっても人間対人間だし、もっと緩くていいんじゃないかなって思い始めて。ママだって完璧じゃないし、間違いもするし、それを見せちゃえって思ったんです、子どもたちに。人間もそういう感情の振れ幅があるから、そんなこともあるんだよ、それが人間っていうのを、教えるっていうか、意味づけちゃえというか。そんな風に考えようって思ってから、だいぶ楽になってきました」

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⑦濃い子育てをさせてもらっている
発達障害の子を育てて見えたこと

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  • 濃い子育てをさせてもらっている 発達障害の子を育てて見えたこと

    子育てをしていくうちに、真紀子さんのなかで、発達障害に対し前向きに考えられる部分も出てきたといいます。

    「自閉の世界ってちゃんと寄り添えば面白いなっていうか。そんな風に感じてるんだ、だからこれが嫌だったんだね、とか、絡んだ糸が紐解かれていくのが爽快というか。見えなかったぐちゃぐちゃなものが見えた瞬間に、子供のことがまた一つ分かったっていうので、あーそっか、だからこれがダメだったんだね。分かった、もう大丈夫だよっていうことが増えるのが、楽しく思えるようになってきて。息子の世界も娘の世界ももっともっと知りたい。俯瞰して子どもたちを観察する目で見れるようになってから、ちょっと楽しめるようになってきた感じかな」

    真紀子さんは、子どもと向き合うことで、自分の価値観も変わってきたそうです。

    「私って結構“普通”にとらわれて生きてきた人間で、常識とか当たり前とか平均とか、そんな感じだったんですよ、若い頃。でも、うちの普通じゃない子どもたちがそれを木っ端みじんにしてくれたというか、関わっていると普通って何?みたいな感じのループにはまってきて、普通ってないんじゃないかなって思ってきたりとか、そういうのに向き合うことって今までなかったので。何で制服着るの?とか、何で同じことしないといけないの?とか、きっと普通の子を育てていたら通りすぎていたような、一つ一つの小さなことも密に向き合うことができたので、本当に濃い子育てをさせてもらっていると感じています」

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⑧子どもたちにしてあげられること
二次障害を起こさないために

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  • 子どもたちにしてあげられること 二次障害を起こさないために

    真紀子さんは、日々の子育てのなかで特に大切にしていることがあるといいます。
    それは・・・

    「(子どもたちの)自己肯定感を高める生活を送らせてあげられるかっていうのが大事だと思っているので。本人たちからしてみれば、何も悪気なくした行動とか、衝動的にしたこととかには全部理由があったりとか、それなりの言い分とか、それなりの正義とか、そういうのでやったり言ったりしているんですけど。自分なんてどうせまた怒られるし、聞いてもらえないし、頑張ったってできないし。みたいな感じで、小さい頃に否定される経験が多いと、すぐ自己否定になってしまうと思います」

    「二次障害から子どもたちを守ってあげたい」と考えている真紀子さん。
    そのために自分自身ができることとは・・・。

    「失敗したり、しんどくなったりする経験はいっぱいあるけど、でも君は生きているだけで素晴らしいっていう、別に何もしなくても生きているだけでいいんだよ、っていうところの土台さえ作れていれば、思春期とかで落ち込むようなこととか失敗するようなことがあっても、そこは自己否定につながらないと思うんです。そうしたら、二次障害からは守ってあげられるんじゃないかなっていう風に思っているので。多少周りの目は気になりますけど、それが、私があの子たちにしてあげられることなのかなって思います」

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